三浦春馬が死んだ

三浦春馬が死んだよ、自殺らしいって」

 と、デパートのコスメカウンターでお粉のお会計を待っている私に家族がそう告げてきた。

「えっ、三浦春馬が!?」

と驚いていたら店員さんが戻ってきてくれたのでカードで支払いをしつつ、新型コロナの影響で透明ビニールがかかったサンプル類のかわりに画用紙にルージュやらアイシャドウやらが塗られている色見本を見て「えのぐやさんみたいだな」と思った。

購入したお粉といくつかのサンプルが丁寧に入れられたかっちりとした紙袋を受け取ってカウンターを後にして通路を歩きつつ意味もなく

三浦春馬が……」

と呟いて、家族に

「なんで今そんなこと言うんだよ。おかげで記憶がつながって毎朝お化粧でこのお粉使う度に三浦春馬のことを思い出しちゃうじゃん」

などといちゃもんをつけ、さらに何度か

三浦春馬が……」

と呟くなどした。

そのまま上の階に行ってうろうろしたり、世界堂に行って子供が使うような水彩絵の具と筆を買ったり、ラーメンを食べたりした。

その間、三浦春馬のことを考えたり、目の前のことに気を取られてすっかり忘れたりしていた。

一番考えたのは「世界はほしいモノにあふれてる」のことだった。と言うか、私にとっての三浦春馬はほぼ全て「世界はほしいモノにあふれてる」の時の三浦春馬だった。

NHK総合でやっているこの番組は、すてきなものを外国で集めている仕事人たちをゲストに呼んで、その密着ドキュメンタリーをMCのJUJUさんと三浦春馬がスタジオで見てゲストとお話したりするというものだ。

この時のJUJUさんと三浦春馬は、ゲストが集めてくる美しいものに一緒にため息をついたり、驚いたり、楽しんだり、とても仲がよさそうで、そしてこれまたJUJUさんのコメントも三浦春馬のコメントも「いい人」感が出ていて、私はこの番組と2人のことがすっかり好きになっていた。

一番覚えているのは、何かの回で「クイズに正解した人だけタルト・タタンが食べられます」というのがあって、トークの延長のゆるい感じだから当然早押しボタンなんかない。その時にJUJUさんと三浦春馬が同時に「あ!」と正解に気付いて、「どうぞどうぞ」「いや、どうぞ」とお互い回答権を譲り合った挙げ句、三浦春馬に回答権がわたり、当然ながら正解した彼がタルト・タタンにありついたことがあった。

これが衝撃で、私はなんとなくこういう時はJUJUさんが優先されるような気がしていたから、この光景を見て、JUJUさんと三浦春馬は仲のいい姉と弟みたいなものなのかなと感じた。そしてJUJUさんは多分自分がはっきりしているだろうし、ここまで三浦春馬のことを大事にするからには、三浦春馬って本当にいい人なんだろうなと思った。三浦春馬が真面目でいい人そうなのはテレビのこっち側からでもコメントとかの節々でなんとなく感じていて、その感覚が間違えていないらしいことを知って嬉しくなった。

さあ帰ろうと電車に乗ってTwitterを開き、真っ先にJUJUさんのアカウントを検索してみた。公式バッチが付いているそのアカウントはたしかにJUJUさんのものらしいけど、三浦春馬のことを知らないはずはないのに、最新のツイートは2日ほど前の日常のものだった。そうだよね、言葉がないよね、ショック過ぎるよね、と思って、タイムラインに戻った。

タイムラインでは三浦春馬の死とそれにまつわる様々なエピソードがいつもの通り消費されていた。

その間も何度かJUJUさんのアカウントを見に行ったけど、更新はなかった。おしゃれな人だからインスタかも、と普段立ち上げないインスタアプリで探してみたけど、JUJUさんのインスタアカウントは存在しないらしかった。Twitterは更新されない。何度か読み込み直しをした時に、私はJUJUさんになんとなく救いを求めていたことに気が付いた。でもJUJUさんはそれどころじゃない。JUJUさんの言葉を読みたいような気持ちもあったけど、この沈黙こそがJUJUさんの今なんだな、ととても納得できる感じがあった。

今夜は月に一回の夜の仕事だった。早朝に終わってTwitterを開くと、三浦春馬と撮った写真と共に思い出を語る有名人たちのツイートがいくつか目立つところに上がっていた。JUJUさんのアカウントは更新されないままで、むしろ信頼感が増した。

ポケコロのなぐさめの星を見てみた。このサービスは短文を無記名でボトルに込めて流せるというものだ。メッセージに対して他のユーザは返信ができるけど、書いた本人も他のユーザも1つのメッセージには1つしか書き込めず、したがって炎上することはほとんどなく、全てがどんどんと流れていく。いつもの日常のボトルにまじっていくつか三浦春馬のことを残念がるボトルもあったから、私も1つだけ書いて流した。2つコメントが来てなぐさめられたので、無料だけどお花を返した。

小雨が降る早朝の空気の中で、この俳優の早すぎる死をうっすらと日本中が悲しんでいるような気がした。

何があったかは知らないけど、死ぬしかないと思うほど三浦春馬が追い詰められていたのだと考えてとても気の毒になった。三浦春馬ほどいい人で真面目で努力家なら、仮にどんな道を選んだとしても、しばらくはごたごたするかもしれないけど、きっとどこかで幸せになれたような気がするのに、まわりの人もやりきれないだろう。

いなくなっちゃったのが寂しい。Wikipediaに没年月日が今日の日付で入っていて涙が出た。