「いいものこうかん」の思い出
普段生きていて何気ない会話とか、はてブとか、Xの投稿とかで義務教育時代の自分の辛いエピソードを思い出すことがあり、それを披露する度に配偶者には「劇場が始まった」と怯えられるんだけど、せっかくなのでここにも劇場を展開することにする。
ということで「いいものこうかん」の思い出。
きっかけはXのこちらの投稿。
https://x.com/meijijis/status/1991256508324335865?s=46&t=cv8APVqIT9Q-7f8PqWZptg
読めなくなった時のために書いておくと、小学生の娘さんがいきなり「おともだちとシール交換をする」と言い出して、慌ててシール帳やらシールやら準備してあげたら、先方のおともだちのお母さんも同じことしてて、みたいなエピソード。
に対して、「なぜそこまでしてあげるの?」みたいな反論がついたらしく、さらにそれに対して別の方からの「我が子が切ない思いをしないようにの愛であって、安心や信頼に繋がる」というコメント。
そこから、ぶわーっと記憶が蘇って来て、さて劇場の開幕です。
私が小学生の5年生くらいの時に「いいものこうかん」というのが流行っていた。
学校に「いいもの」を持って来るのは怒られるので、放課後に誰かのお家に集まって開催される。
5〜6人くらいが集まって、それぞれきゃいきゃいとリボンやなかよしのふろくのレターセットなんかを持ち寄って並べて、みんなでひとしきり「かわいー!」と絶賛して、その中の一枚を大切に交換し合うという遊びだ。
覚えてないけど、最初は「いいものこうかん」を理解していなかったから多分何も持たずに参加して、やさしいみんなが見返りなしに少しづつ「いいもの」を分けてくれたような気がする。
そうやってもらった便箋やシールはとてもかわいくて、学習机のちょうどドラえもんが出て来る場所の引き出しに大切にしまった記憶がある。
そしてまた次に「いいものこうかん」に行くことになって困った。親にはずっと「リボン買って欲しい。みんな買ってもらってるし」とお願いしてたけど、その度に「みんなって誰やねん」と言われて、誰々とー、誰々とー、と答えるも、「みんなちゃうやん」と買ってもらえなかった。
学研の科学と学習は一年生の頃から(特にお願いしたわけでもなく)買ってもらえてたけど、それらのふろくは「プラスチックでできたステゴザウルスの骨格標本」とか「結晶でクリスマスツリーを育てるキット」とか「粘土で銅鐸を作るキット」とかで、おもしろいけどかわいくないしそもそも一つしかないので全く交換できないものたちばかりだった。
困った私は、何かの時に買ってもらったピーターラビットのメモ帳をひとつ握りしめて「いいものこうかん」にむかった。前の「いいものこうかん」でもらったのは宝物だったので手放せなかったし、どうやらみんなは一次的に手に入れて複数在庫があるストックからいいものこうかんの物を出している様子だった。交換してもらったみんなの前に、もらったものを交換の物として出すのは違うだろうし。
そうして始まった「いいものこうかん」。またみんなはきゃいきゃいとかわいいふろくを並べる。
私もそっとピーターラビットのメモ帳を差し出す。リボンやなかよしのふろくにないそれは、みんなから「かわいー!」として受け入れられ、みんな「これと交換して!」と言ってくれたので、メモ帳を一枚づつ千切って交換して行った。
3回目も行ったような気がする。例によってピーターラビットのメモ帳頼りだ。みんなまた「かわいー!」と言ってくれたけど、今思うと気を遣ってくれてたんだろうなと思う。
そうやって交換した「いいもの」は全部机の引き出しに大事にしまって、たまに取り出して眺めていた。
ある時、「いいものこうかん」のメンバーの一人にこっそり「◯◯ちゃんってイジワルだよね。ぬいちゃんにくれるの、かわいくないのばっかりだし」と言われた。確かに◯◯ちゃんがくれたふろくは、今考えると少し大人っぽい絵柄で小学生女児ウケは悪そうなものだった。でも当時の私は漫画の絵柄なだけで珍重していて差なんて分からなかったから、そうかあ、そういうもんかあ、と少し驚いた覚えがある。(漫画も一切買ってもらえなかった)
ただでさえADHDにちょいASDと人付き合いが苦手なところに、親もそうだからかなんなのか通常のコミュニケーションツールも与えられなかったら、余計人付き合いが苦手になるよなあという話。
映画「大長編 タローマン 万博大爆発」
ばーくはつだ!ばーくはつだ!ばーくはつだ!芸術だー!!!
というわけで大長編タローマン万博大爆発を観てからずっとタローマンのことを考えている。
タローマンのことはEテレ放送時にTwitterで話題になった時に視聴したけど、キッズステーションのガチ昔の番組で育った身としては、タローマンの昔の作品っぽさの節々に違和感というか「不気味の谷」を感じて&探してしまって疲れてしまい、あまりピンと来なかった。タローマンは、昔の作品にしてはお洒落過ぎるというか、感覚が現代過ぎる。
しかしまたXで映画が話題になり、しかもボブ・マーサム氏が出ているらしいとXの誰かの投稿の切れ端に書いてあり、では改めて見てみようかとEテレの二夜連続の一挙再放送を視聴。おお、テレビにもボブ・マーサム氏が出てる!不気味の谷だぞーと構えながら見たためか、前よりは違和感が気にならなかった。それよりも「これは昔の作品に憧れた現代の人が作った作品なんだな」と割り切って鑑賞すると肩の力が抜けて身軽にたのしめることを発見し、ボブ・マーサム氏も出ていることだしXでの評判もいいことだしとその週末に映画館に行くことにした。
2025年8月30日朝11時40分の日比谷である。
いやあべらぼうだった。まだ全然タローマンフリークというわけでなく、どちらかといえばマイナスだったところがゼロかややプラスになったあたりのところで観に行ったもんで多少の緊張感はあったんだけど、うわあああとええもん観たなあという感じが残る。
やはりまず一番に思い出すのは終盤の大戦闘でタローマンがべりべりべりっとやるところ。あんなん、落第忍者乱太郎でしんべヱが枠線をうどんみたいに食べるところぶりくらいに見た。うわあああと銀幕狭しと暴れ回るタローマンを観ているとなんだかスカッとして肯定されているようで泣きたくなったけど「人が与えてくる感動はまやかしである。岡本太郎もそう言っている」みたいな、ありもしない岡本太郎の名言が頭に浮かんできて涙が引っ込む。
泣けるといえば海援隊みたいな歌を背景に少女がタローマンを鍛える所もなんだか泣けた。しかしやはりここでも「タローマンは安直な涙など許さないのである」みたいなありもしないナレーションが頭に浮かんできて涙が引っ込む。
そんなこんなでどうも感情の持って行き方に落ち着かなさを感じながらの鑑賞だった。
でも明らかに言えるのは、少年隊員が小脇に抱えている無籍動物がとてもかわい。はぐれノンもとてもかわいい。はぐれノンが風来坊の腕をがじがじしているのがとてもかわいい!!!!!風来坊は腕がサイボーグだから痛くなかったんだな。
基本的にかわいい奇獣たちと、タローマンが好きなもんで、個人的にはもっとタローマンの出番があるといいのになんならずっと出ててもいいのにとは思った。でもボブ・マーサム氏演じる高津博士が大活躍していてそれはそれで嬉しかった。
映画終わりにはしごで排骨担々麺を食べて若い時計台を眺めて銀座ファイブでかわいいスカートを買って謎解きをして謎解きをして謎解きをして思い出深い一日になった。
帰ってからもパンフレットを読んだり感想を検索したりして過ごす。普段は映画の感想とかはそんなに積極的に探さないんだけど、Xのみならず、映画.comやFilmarksのレビューを読む。果ては映画名で検索して、どこかの会社の会長さんのブログが出てきた……はいいものの、ガチで1970年代のフィルムを繋いだ作品だと捉えている様子で、これは冗談なのか盛大な勘違いなのかがわからず困惑したりする。
そうこうしているとXにウェビナーのお知らせが流れて来た!勢いで購入し、結果大正解だった。
映像制作の専門誌VIDEO SALONのウェビナーには、藤井亮監督(監督に加えて他色々)と、のびしろラボの奥本宏幸氏が講師として登壇される。タローマンなんてものを作るし宣材写真の帽子は変だしで藤井監督のこと、「すごいよ!!マサルさん」の花中島マサルみたいな、ダバダバダバみたいな人かと勝手に想像していたところ、驚くべきことにものすごく理知的というか、物静かな印象の方だった。ここからあのタローマンが……パッションが。
ウェビナーは構成がしっかりしていて、テレビシリーズの企画から紹介される。オファーは下記のような内容。
- 岡本太郎のことをよく知らない若い人にも伝える
- 5分ほどの番組
- 岡本太郎の言葉に背中を押された人々を紹介する
- その他、岡本太郎の言葉などの短いクリップで番組を構成
なるほどEテレっぽい……というかこのオファーを入力し、出力にタローマンが出てくる藤井監督、すごすぎない!?しかもべらぼうなふりをして、落ち着いて点検したらタローマンは要件をちゃんと全部満たしている……!驚愕である。
藤井監督は映像の方らしい。ミッツ・カールくんなどお馴染みの作品もあったりして、そうかあ、となる。そして長編は初めてということで本を色々読んでお話の書き方を勉強されたらしい。モンスターズ・インクなどメジャーな映画を分解して何分頃に何が起こるかと盛り上がりなどをスプレッドシートに整理して分析。タローマンでも同じく出来事やテンションをスプレッドシートに書いて、静かなシーンが続き過ぎるようなら順番を入れ替えたり、どうしても必要な説明のシーンは画を面白くすることで観客を飽きさせないようにするなどの工夫をされたそうだ。
なるほど。
申し訳ないが説明シーンの画は面白過ぎた。特に風来坊とエランが脳で話すシーンはこちらも脳内で「いや話が入ってこないよ!」と言語を使って突っ込まざるを得なかったため、余計に話が入ってこなかった。正直何が話されたのか全く覚えてない……ほんと、なんだっけ。まあいいか。
タローマンやエランなど色々な役をされた岡村渉さんに関する話も興味深かった。監督がしきりに「(パント)マイムの方なので」と説明するけど、その内容が、動きがすごいだとか、体幹がすごいだとか、手先が器用だとか、まあ全てマイムに通じはするけれど、な内容で味わい深かった。それにしても岡村さん、風来坊に振り回されるシーンでマネキンを使って撮影しようとしたところ、できるわいと生身でぴくりとも動かず振り回されたり、撮影がない日にも来て手先の器用さを活かして衣装や小道具などを手伝ったりと、いい人すぎる!予算の関係でスタジオが狭かったらしく、そんな中でもタローマンのスケール感が出たのは岡村さんのマイム力あってのことだと監督が絶賛していた。
スタジオが狭いと言えば、ブルーバックから飛び出るタローマンのツノは笑った。ハンモックタローマンのハンモックの網目部分に絶妙にブルーバックの継ぎ目がかかるのも笑ったし、私の大好きな無籍動物ちゃんはライティングで完全に背景と同じような色をしてるし、いやあブルーバックを抜くのが大変そう過ぎた。しかし私は学生時代に「窓の鳥」というWindowsツールを入れていて、デスクトップ上に小鳥が飛ぶ。それをスクリーンショットしてペイントブラシに貼り付けて拡大してドット単位でまわりを消して小鳥だけにしたものに名前を付けて保存してコレクションするという活動をしていたことがあり、もしかしたら天職なのではと思った。
ブルーバック抜きのピークが3月〜5月頃というお話をされていて、8月公開の映画でそんな直近まで!?と驚くと同時に、ちょうどその頃私も仕事で忙しくて、同じ時に同じく仕事で大変だった方々によって作られたんだなーと感慨深くなった。最後に紹介されたのびしろラボのみなさんからの一言、とてもよかった。
ウェビナーは他にも「だからおもしろい」の曲は作曲家さんによる仮歌がとてもよくてそのまま使ったら昔のドラえもん映画の海援隊みたいな雰囲気が出てお気に入りだとか、人手がない現場で撮影時にエランを振り回すのを監督とプロデューサーがやっただとか、Vコンテが紹介されたりだとか、藤井エイジングと呼ばれる手法の様子を見られたりだとか、QAの最後の方に「とびだしめがねのシーンよりも最後のタローマンの方が飛び出して見えたのはなぜですか」という質問が来て監督も奥本氏もしばらく「はて……?」みたいな感じになったりだとか、見どころいっぱいだった。
第4回リアル脱出ゲーム甲子園の加藤さんのコメントを聞いて遊び続けるということ
第4回リアル脱出ゲーム甲子園の優勝校に対する加藤さんのコメントがとてもよかった。録画とかメモとかしてなくて完全な記憶ベースなので間違えてたらごめんなんだけど概ねのところはこんな感じ。
「僕たちもリアル脱出ゲームに来るお客さんたちに何を持って帰ってもらおうかといつも考えて作っていて、その点、優勝校のあの5秒間は素晴らしかった。僕はあの瞬間を一生忘れないと思う。掘って掘って掘り進んで見付けられるあの油田のような金脈のような5秒間のために他のものを積み重ねて行く公演で素晴らしかった。ああいうものを発見するのは普段謎を作っているうちの社員たちでも難しくて、一方今回は高校生のみなさんが見付けたわけだし、中学生が見付けることもあるかもしれない。言えるのは誰でも見付ける可能性があって、それは確率であるということ。一回目で見付けるひとがいれば、百回目で見付ける人がいるかもしれず、確率である以上、作り続けていればきっと誰もが見付けられるもの。一回目に作った謎解きが駄作でもそれを活かして二回目、三回目と作り続けていればどんどんステップアップするしそうしてやっと見付けた時には素晴らしい謎解きが作れるはず。大事なのは作り続けることで、高校生のみなさんはこれから受験があったり大学に行ったり就職したりしてどんどん環境が変わって行くと思うけど、どこにいても作り続けていて欲しい」
……ということで優勝した634Questさん、おめでとうございます!
私たちはチケット販売日にうっかりしてて数時間後に見に行ったら通し券が売り切れていた……ので遊べておらず、その5秒間とやらを体験できていない。過去の優勝作品みたくSCRAPの店舗で遊べるようになることを切に希望。
それにしても壇上に上がって来たのが3人だったのにはびっくりした。4名×6チーム=24名のお客さんの30分公演を3人で運営し切るとか、一体どんなことになっていたのか。気になる。
さて、加藤さんのスピーチは作り続けて欲しいという、作り手に対する熱いメッセージだったわけだけど、これ、遊ぶ方にも言えるなあと。
最近ちょっと、クソ暑い中に周遊をやって「なんで私はこんなことをしているのか……?」と思ったことなどが何回か積み重なって、なんかもう謎解きはいいかなという気分になってきていた。まあ、クソ暑い中に周遊なんてやるなという話ではあるけれど。
でも加藤さんのスピーチを聞いて、過去のあれやこれやの素晴らしい体験を思い出した。
タンブルウィードの未完とか、AnotherVisionのRevolverとか、街ハックの新麒麟伝とまいごのキリンくんとか。シングルズ池上マスターのカレーや網棚や伊藤ハムの箱のヤバ実装とか。タンブルウィードIMMORTALの熱狂とか。SBGCのクアックサルバーとか、あまつパイセンのマジバコとか、CrazyLemonのRunthroughとか。
SCRAPだと、ぱっと思い付くのはまずはRED ROOMだな。アイドルは100万回死ぬ2でループの残り回数ギリギリで閃いた時も最高だったなあ。アイドルは100万回死ぬシリーズ大好きだから、いつか3をやって欲しい。クラタスの地球滅亡からの脱出もギリギリで閃いたんだよなあ。シン・ゴジラはまさにリアルシン・ゴジラ体験で誘っていただいたのもありリピーター公演まで参加したし、このご縁はそもそも名古屋でペーパーキングダムを4人でやった所からなんだよな。4人だと部屋が広く感じたなあ。Zeppツアーは、宇宙兄弟の月面基地も、ポセイドンも、ワンピースのインペルダウンも、ファイナルファンタジーも、印象深いのが多い。雪山脱出で助けられた時はちょっと泣きそうになった。謎解きじゃないけどAqoursのぬまフェスもよかったなあ。お天気がよくて、あちこちでいろんなことが起こってて、みんなで輪になって音頭を踊って、白昼夢のようだった。そもそも私が初めてリアル脱出ゲームに行ったのは2010年の夜の遊園地からの脱出で、それ以来よみうりランドに何回も来たし、来るたびにちょっと特別な気分になる。あの時は「何をする」までは分かったのに「どこで」が解けなくてギリギリ失敗だったんだな。その時のお友達とCLASKAの深夜ホテルからの脱出にも行ったなあ。二人とも全く解けなかった!
団員イベントで思い出すのは「そのバス、事故りました?」だな。あの瞬間はすごかったなー。団員イベントは、段ボールのやつも、探索王もめちゃめちゃたのしかったからまたやって欲しいなあ。
5秒間のひらめきからだんだん離れてしまったけど、素晴らしい体験をするような謎解きだけ行きたいというのは、万馬券だけ買いたいみたいな無理な話で、まあある程度は評判いい再演に行くとか好みの団体に行くとかで確率は上げられるけど、どこに何が転がってるか分からないし、行けた時は体験できるし行けなかった時は体験できない。そもそも世の中には謎解きだけじゃなくてお芝居とかお笑いライブとか色々あって、その瞬間の偶発的なきらめきがそこかしこで起こってたりするんだけど全てを体験するのは全知全能じゃないと無理だから、気になるのに行き続けるしかないんだな。
映画「リライト」感想
前に、何かの作品の自分の感想を読みたいと思ってここに来たら書いていなくて悲しい思いをした。自分の感想は自分が書かないと読めない(あたりまえ)。というわけで映画リライト感想。
これ以下はネタバレ配慮せずに書くから、まだ観てない人は絶対に読まないで欲しい。ほんともったいないから。この映画を何の前情報もなく観れるのは人生で一回しかないから。できれば記憶を消してもう一度観たい系の映画だから。
というわけで映画リライト観てきた。
まず、ヨーロッパ企画の上田さんが脚本、お馴染み松居大悟さんが監督でタイムリープものらしいという時点で、観ることは決定していた。ぬかりなくムビチケ(映画館行くタイミングなくて電子になっちゃったけど)を購入し、初週が大事!と封切りの週の日曜日朝に行ってきた。
ニチアサを見て(キュアズキュンとキュアキッスの変身バンクがお披露目されて、プリンアラモードを作りに行ったらデンテおじさんがグロッタ姉さんにやられてて、ゴジュウジャーは運動会ノーワンと八百長対決をしていた)、小雨が降る中ショッピングモールに向かい、箱の部分が透けているゴミ収集車の展示を眺め、映画館へ。
入口でアクキーか何かとポスターの写真を撮っている女性がいて、俳優さんのファンも来ているらしい。100席ちょいくらいの劇場が体感1/3くらい埋まってるかなあという感じ。
いやー、すごくよかった。
まず最初は丁寧に未来人との一夏の想い出が描かれる。これ、最後に時が二人を別れ別れにするんだよね。切ない。とか思いつつ、主人公や小説について頭の中でカマボコ図を思い浮かべたりしつつ鑑賞。個人的にはデートを目撃されたからといってノータイムでカジュアルに同級生達の記憶を消すところが笑えてお気に入りだった。しかしまさかこれが伏線になっていたとは!
単純な未来人青春恋愛ものじゃないぞ、というのは10年後に来るはずの主人公が現れないというところから始まる。かなり冒頭にその謎は提示されて、なんだろうと進むんだけど、まさかその謎が上げ底だったとは。時系列(!)が少し思い出せないんだけど、編集者長田さんから最初に電話が来た時点でも「類似した作品は何かの都合で未来の自分が過去に戻って発表したやつとかなんかそういうのでは。いわば盗作じゃなくて自分の作品なんだけど。ドンブラザーズの鬼頭先生パターンだな」とかそう思ってたわけよ。でも全然違った。
不穏さは、私は同級生と喫茶店でお話するあたりから感じ始めた。あれ多分これこの同級生もなんか知ってるぞと。で、編集者さんからの何回目かの電話と、返して欲しいと家の前で同級生から詰め寄られるあたりで確信する。主人公、主人公じゃなかった。同じことをしている人が複数人いた、と。なるほどお祭りとかその瞬間タイムリープしたらあっちでもこっちでも花火見れるもんねと。
でもまだまだそれも甘かった。
まさか21日間を33回タイムリープして、クラス全員とそれぞれの想い出を作っていたとは。
これが明かされた時はすごかったねえ。屋上のシーン、大好き。青春映画において屋上って往々にしていいシーンに使われるんだけど、今のところ人生ベストオブ青春映画屋上シーンだ。
巻き込まれる茂がね、最高。あれが1回目の自分で、あれが2回目の自分で、と説明されているところがまず笑える。これタイムリープしてますバッチを進呈したいやつや!と思う。誰かを紹介して、ふう、と寝転んで、次にまた園田君が来る所も最高。そうだよねそうなるよね!となる。
その後、徹夜で作戦を練る所も最高。私はノートの校内図に一際大きく書かれた「猫のエサ」が気になった。私も未来人と出会うなら猫見てる時に出会いたい。あと、テニス部の部室裏を見に行く同級生の時に気になってた「俺の上履き知らない?」の台詞が回収された時は、おおーとなった。茂の仕業だったのかー!
お祭りのシーンはもう爆笑。ここまで来ると他のお客さんもみんな笑ってた。
「あの頃はみんな身に覚えのない打ち身とか擦り傷とか多かったと思う」の台詞も大好き。タイムリープに巻き込まれてしょっちゅう記憶を消される同級生あるあるネタとか挟み込まんでも!「ちょっと老けたし」も笑う。でも冷静に計算すると21×33=693なわけで、ほぼ2年近く。最後の方の同級生は「教室でいる時より二人きりの時の方が大人っぽいなー」ってドキドキしてたかもしれないな。
それにしても園田君は33回ループすることを知らなくて、茂と33回目の園田君しか知らないから茂は黙っているというの、これまた確かにー!だった。こうなると普通に現代人として1回目の時を過ごしているだけの茂が未来人の園田君に対して観測人みたいな感じで立ち上がってくるのすごい。茂は孤独な中がんばった。しかも最後に雨宮さんを残すからあんなことになっちゃったわけで!いやでも最初の方に雨宮さんを出してたらその時点でループは終わって結局ああなったのか……?少なくとも美雪ルートは先に通っておかないといけないけど。
あとリライトというタイトルがすごくて、美雪や他の同級生達はそれぞれ実体験をもとに何かを創作したわけだけど、雨宮さんだけは体験せずに美雪の小説をリライトしたんだなあと。チケットもぎり理子ちゃんが活躍するロープウェイに乗らないとか。乗らなくても、本に書いてあるから分かるんだな。
未来に行く方法はタイムリープじゃなくて、普通にそのまま過ごす、だった。今回は勝手に戻るわけじゃなくて薬を飲むとそうなるんだから、そう言えばそうだけど、我々は一時間乗ると一時間未来に行くタイムマシンに乗っているんだ、みたいな話を思い出す。
それにしても現代の美雪がラベンダーの香りを嗅いだのとか、まだよく分からない部分が残ってる。
とりあえずここまでが映画を一回観ただけの感想。これからパンフ読むのがたのしみ。原作も気になる。
the pillows
皆いったいどんなシステムで
感情をコントロールしているんだ
気が狂いそうで泣き出した僕がまともなんだよ
morning station 満員電車に乗れなくて
就職した直後、the pillowsをずっと聴いてた。
新卒研修で山奥の研修所で合宿していた、ぽかんとしたような、ふわふわとしたような、学生と社会人との間のような時期に聴いていた。
研修が終わって配属された後は朝早いし、家は遠いし、ちゃんとした服を着ないといけないし、毎日溺れそうになりながら週末が浮き輪みたいな感じでとにかくがんばって起きて乗った電車でも聴いていた。
the pillowsのライブは同期が誘ってくれて武道館のやつに行った。登場の時は、わあってなったけど、とにかくまわりのバスターズの身長が高くてあまり見えなかった印象が強い。
自然と聴かなくなって、朝がゆっくりで服もゆるい会社に転職して、仕事はまた前とは違って超大変で、でも「本当はイーブイなのによくやってるな」みたいな気分で仕事をしている。コロナの時期、リモートワークの時にイーブイの着ぐるみパジャマで仕事をしていた。その時から私は「イーブイなのにこんなに仕事をしていてすごい」って自分のことを思いながら仕事をするようにしている。
ツアーのお知らせはXで見ていたけど最近の曲は分からないしなあと見送っていたら解散した。Xでは解散って予め言わないのが、ファンのためで優しいねっていう意見があって、本当にそうだなって思った。ずっと聴き続けてきたファンにだけ最後のライブをそうと知らせずにたのしんでもらって、終わった後にあれが最後でしたよって言う。ずっと聴き続けてきたファンにも優しいし、私みたいに最近追えてないファンにも優しいなと思った。ラストって知ってたら無理にライブに行ったかもしれないし、そしたら自分の中のthe pillowsとの差が最後に出てしまうかもしれない。これでよかったんだなと思う。
久しぶりにいろんな曲を聴きたいけど、聴いたらあの頃に戻ってしまって不安定になるし、そんな不安定な状況で今の仕事はとうていできないから脳内で少しだけ再生するだけにしておく。
舞台「最高の家出」
れにちゃんが主演ということで「最高の家出」を観てきた。
もうすごい最高だった。
以下、ネタバレありと言うか完全に観た人向けの感想とも言えない何か。
https://stage.parco.jp/program/iede
正直、発表された時は「こんなに本格的なお芝居の主演って、れにちゃん大丈夫だろうか」と少し怖いような感じがあった。ドゥ・ユ・ワナ・ダンス?とか、ももクロ一座とかで演技をしているれにちゃんは観て来たけど、脚本含めてあくまでもももクロとしての舞台って感じだったからガチガチの舞台俳優さん達の中に一人はさすがに苦しいんじゃないかと思っていた。
でも始まってみると完全に杞憂で、れにちゃん演じる箒は舞台の中心でキラキラと動いて喋ってその物語を体験させてくれた。
優しいかわいい声がたくさん聞けた。
前から3列目という凄い席。しかも上手通路から一席だけ内側。
人生でこんなにれにちゃんに近付く瞬間があるとは思っていなかった。手を差し出せば届く距離でれにちゃんがライトを浴びてひたむきにお芝居をしていた。
そう言えば先週のバレイベ裏も、通路から2列目だった。2週連続でこんなに近くにいるなんて、れにちゃんはもはやマブダチと言っても過言ではないのでは(過言すぎる)
主演の舞台の真っ最中の土日にライブを成し遂げたれにちゃん、すごすぎる。当然ながらその日は休演日になっていた。舞台を借り切った状態で東京公演の土日をまるっと休演日にするとは運営も思い切ったことをするなあと、日曜日に出掛けた新宿で「本日休演」の札が貼られたポスターの非日常感がおもしろかった。
この劇はファンタジー要素があって解釈は観客に委ねられる感じ。でももやもやする部分はなく、ちゃんとエンターテイメントとしてまとまっていたのが脚本の力を感じた。
劇中劇という構造を取りつつ、色々なものが暗喩や対比になっていて複雑さが癖になる感じ。例えばアハハがマジックの箱に入って、箒が上手側の扉の前にいるシーン。両方緑色の扉で、アハハは「誰か出してよー」と言っているのに出られなくて、箒は出ることに成功したという対比が印象的だった。もっとも、箒がくぐった緑の扉の先も外ではなくて監禁部屋だったことがすぐに分かるけど。でも一瞬、工場のような車のような音が強く響いて、箱庭のような劇場からディストピアで雑多な外界に出たという開放感があった。
箒とアハハのシーンは全部かわいかった。箒が棒読みの極みで台本を読んでアハハがキレるシーン。「出て行って!」「出て行かない!」の押し合いのシーン。劇中に何度もあった、手を引いて走って行くシーン。これは最初はアハハが箒を引っ張ることが多かったけど、後になってからは箒がアハハを引っ張ることが多くなったような気がする。マジックの練習の練習をするシーン。マジックの箱に二人で入って「ムーミンでしょ。トトロでしょ」って左右にちょこちょこと移動するシーン。ほんの2時間ちょっとのお芝居の間に、登場人物の心情も関係性も状況も変わって行く。
マジックと言えば、ももクリでお馴染みの、れにちゃんのぉ、ちょっといいとこ見てみたい♪だ!ってなって面白かった。しかも刺さってるし。
背中の、ループしている!という発見はループもの好きとして面白かった。実際にはループしていなくても、背中視点では確かにループ以外の何物でもない。そしてテレカがいなくなった時に「あいつだけでもループを抜けられてよかった」と言っているのに泣きそうになった。その認知のズレから滑稽さが生まれるシーンなんだけど、本人としてはループしているのが真実なわけで、その中で好きな人がいなくなるなんて絶望だと思うのに、相手の幸せを喜べるなんて人間ができすぎている。
尾上寛之さんが自然と笑いを取っていてすごかった。役者さんたちみんなすごかったけど、とりわけこの方は芝居がうまいなあと感心した。どっしりしている。そう言えば「夜は短し歩けよ乙女」の高坂役の時も出てくるだけで笑いを掻っ攫っていたなあ。尾上さんのエレキギター、また聴きたいなあ。
個人的に淡路のような楽しい人が好きだから箒がなんで家出までしたくなったのかがよく分からなかった。透明になって行く気分とか説明はあったし、モナカの服を淡路が勝手に処分したような描写もあったけど、あんなに楽しくて場を掌握していいスピーチを書く人物がそんなに迂闊な言動をするか?というのがどうも繋がらない。でもまあ「こりゃあ家出するわ」みたいな嫌な男が出て来てもつまらないし、淡路という魅力的なキャラを見れたからこれでいいんだと思う。
お蕎麦をちびちびと食べている箒がかわいかった。そして足鳥が蕎麦嫌いでシャイではなかったのは衝撃だった。そんな中でも動じない身軽はやばいやつだった。それにしても紙飛行機で召集されたって、何だろう。何の比喩なのか。うーん、赤紙と戦闘機くらいしか思い付かないけど安直に過ぎる気がする。
やばさと言えば夏太郎もだな。こいつが黒幕かよー!的な。思えば最初に箒が緑の扉を開けようとした時に怒ったの、伏線だったんだな。
そして劇場の謎。テレカさんが読み上げた、やたらと軽いノリの珠子さんの手紙は果たして本物なのかどうなのか疑わしい。
珠子さんが帰らなきゃ、と思いつつ帰れなかったシーンは「会社に行こうとして行けないやつー!」ってものすごく身に覚えがあった。でもやっと帰ろうとしたのに帰る場所はなくなってしまった。戦争か災害か。戦時中っぽい描写はなかったから、災害かな。海が近いし。
珠子さんは、家出をして、帰ろうとしたけど、帰れなくなってしまった人なわけだ。
アハハちゃんは、これまで劇場の外を信じてなかったけど、外に出てしまった。たくさんの水分があって怖い。彼女は多分劇場には戻らず、新しい居場所を探すんだと思う。
箒はどうするんだろう。劇場で透明になりようがない自分を見出したから、意外と淡路の所に帰りそうな気がする。パンフレットで脚本の三浦さんが「家出とは帰ることが前提となっている言葉。永遠に帰らない家出があるとすればそれは例えば失踪とかになる」みたいなことを書いてらっしゃった。このお芝居の「最高の家出」というタイトルは、主人公の箒が帰ってこそ成就する。
家族と一緒に土曜日のマチネを観に行って、明るいうちからキリンシティで麦酒を飲み、伊勢丹で少し買い物をして電車に乗って帰る。寄るところがあるという家族が途中下車して行く。こうやって外で別れる時はいつも寂しくて不安で二度と会えなくなったらどうしようという気分になる。家の最寄駅に着くと、いつの間にかとっぷりと日が暮れている。
牛乳がなかったな、と調べると少し離れた所にスーパーがあった。寄って、野菜やお肉もついでに少し買い込んで、重い荷物を肩に家の近くだけど見たことのない道をとぼとぼと歩いていると急にそわそわと落ち着かなく心細い気持ちになってきた。
これは明らかに「最高の家出」を観たせいだ。そして10代後半から20代頃は大体常にこんな気分だったことを思い出した。そりゃあしんどいわ。
思い返してみると、この焦燥感を伴う辛い気持ちは大学に入るために実家を出た後から発生している。実家にいた時も辛い気持ちはあったけど、また質の違った辛さだった。
ここで大変なことに気付いた。一応進路のことだしということで親は大きくは反対はしなかったけど、実は進学にあたって始めた一人暮らしは家出で、そしてついに私は家に帰らなかったということなんじゃないか。いやまあ帰省はするけど、そこはもう家ではないと言うか。
そう言えば家を出た経緯も唐突だった。家からまあ通えるかな、くらいの関西圏の大学を志望していたけど、あまり考えておらず、センター試験の点数からこれは受かりそうだという大学の後期に書類を送ったら受かってしまった。そして家の近くの前期の大学は落ちた。一応、私立の学校は受かっていた。
私立の学校に行くか、一度も旅行でさえ行ったことのない場所の学校に行くか迷った末、後者を選んだ。我ながら行き当たりばったりすぎる。その結果、ここは日本かと疑うばかりの田舎で4年間島流し暗黒大学時代を過ごすことになる。
そう言えば大人になると親のありがたみが分かるなんて言われていて、確かに当時の自分を振り返ってみると、とんでもないな。でも別にありがたみは感じないな。いまだに勝手に産みやがって、という気分の方が強い。
でもまあこう考えて行くと、あの焦燥感はまさに家出中の心細さだったと言える。そして今落ち着いているのは、大変幸運なことに結婚して家族ができて、そこが私の家になって、ついに家出が終わったからだ。
新婚旅行で遠い外国に行った時に、家族の顔を見ながら「どこにいても家族の横が私の家だな」って思ったことを思い出すし、今でも折に触れて「どこにいても家族の横が私の家だな」って思う。
私は小さい頃から辛いことが多くて生まれてきたくなかったし消えたい気持ちが強かったけど、勉強とか仕事とかまあこなしつつ、この人生の唯一の素晴らしいことは家族と出会えて結婚できたことだと常に思っている。
アニメポプテピピックのエンディングのPOPPY PAPPY DAYの歌詞が本当に好きで、退屈なこの世界だけど君と一緒なら中指立てて生きていけるという精神が全く一緒で泣きそうになる。まあ、家族の方は安定してるしそんなこと思ってない気もするけど。
でも私は実家を出て、放浪して、新しい家を見付けた。
おしゃれということ
こないだ「すみだストリートジャズフェスティバル」と「すみだワンコインオクトーバーフェスト」に行ってきてとてもたのしかった。クラフトビールを買った時にもらったコースターをそのへんに置いておいたのを見て記憶がよみがえったんだけど、家族が「(クラフトビールのデザインが)最近おしゃれだよねー」と言って、私も「そうだねえ」と言ってその時は終わったんだけど、おしゃれとは、ということが改めて気になってきたので書く。
この会話がなされたのは、Derailler Brew Works(ディレイラブリューワークス)さんのビールを飲みながら。このブースには西成ライオットエールのビジュアルが全面に出されていて、おしゃれだった。
こちらに限らず、他のブースや、他のクラフトビールのブルワリーもおしゃれだ。例えばうちゅうブルーイングとかもおしゃれだと思う。
他にもおしゃれなデザインだなーと思うものはサウナだ。サウナラボとか、黄金湯とかおしゃれだと思う。
仮説1
新しいものはおしゃれになりやすい。クラフトビールやサウナは比較的新しいブームなのでおしゃれにふりやすいのではないか。
新しい飲み屋さんとかもおしゃれだなーと思うことがあるから、少し当たってそうだ。ただ、ホテルとかは「きれいだなーすてきだなー」とは思うけど、クラフトビールとかで感じるおしゃれさとはちょっと違う。
何についておしゃれと感じるかだけど、なんかこう、ブギーバックみたいな?江口寿史みたいな?はたまた北欧みたいな?あるいはコンクリートうちっぱなしみたいな?なんもわからんけど「おしゃれですよ」と言ってくれてるものに「おしゃれだなー」とそのままの感想を抱くものとする。
とした時に
仮説2
クラフトビールやサウナが、今てらいなく「おしゃれですよー」と主張できるデザインとマッチしているジャンルである
というのがある気がする。
デザインのトンナマで「おしゃれですよー」とまんま押し出せるものと、あえてさりげなくするものとがあって、その中でクラフトビールやサウナがおしゃれであると押し出せる側なのかなあと考えるとわりと合ってる気がしてきた。
昔、向島あたりの古い建築を見てまわろうみたいな集まりに参加した時に「青線の建物にはモザイクタイルの円柱の柱があった」と説明があって「どうしてですか。チェーン店でもないのに」と聞いたところ「それっぽい建物として広まって行った」と教えていただいた。
確かに今でも病院っぽい建物とか、喫茶店っぽい建物とか、色々ある。そう言えば銭湯建築なんていうものもある。
そんなふうに特に誰も決めてないけど「それっぽいデザイン」がデファクトとして広まって、今はまさにクラフトビールやサウナが「おしゃれな感じがそれっぽい」になってるのかなーって思った。
個人的にはおしゃれなデザインの謎解きとか遊んでみたい。