夜のピクニック

恩田陸の作品は以前にも読んだことがある。今のところ、現代の女性作家の中では一番好き。
ちなみにきっかけはNHK教育のドラマ「六番目の小夜子」にはまったことから。


さて今回の夜のピクニック
ええと軽くあらすじを説明すると主人公は高校3年生の貴子。彼女の学校には毎年秋に全校生徒で80kmの道のりをひたすら歩くという行事があった。朝学校を出発して休憩を挟みながらクラスごとに並んで歩き、なんと18時間後の深夜2時に一度仮眠をとる。そして早朝の4時半に今度は好きな友人と一緒に学校を目指して残り20kmを歩く、その出発からゴールまでのお話、というもの。


何も人が殺されたりとかの特別な事件が起こるわけではない。ただ貴子と、その周辺の高校生達の会話や感情が丁寧に描かれていく小説。
とは言え、読んでいて退屈だなんてことは全然ない。むしろその逆。


まず主人公と、そのクラスメイトかつ異母兄弟の男の子との緊迫した関係が、軸として通っている。そこに個性的で魅力的な登場人物達が配置され。そしてアメリカに引っ越した友人から届いた葉書の謎の文章や、読者にもなかなか明かされない主人公の密かな掛けなど、細かいサスペンスがちりばめられていて読み出したら止まらない。
結局帰宅途中の電車の中で読んでいたのだが、夕食に入ったSUBWAYでうっかり続きを読み出してしまい、結局読了するまでSABWAYに居座ってしまった。まあかなり空いていたからいいとしよう。


さてこの作品でまず目をひいたのは高校時代特有の精神状態の描写だった。ほんと、進学校に通う普通の生徒のちょっと不思議な日常を書かせたら恩田陸は超一流であるとつくづく思う。
以前の「時かけ」感想にも書いたんだけど、高校生って妙にざわざわしてるんだよね。毎日が凄く楽しくて愛おしいんだけどそのタイムリミットは刻一刻と迫っていて、背後には人生が決然と、しかも途方も無く膨大に控えている、みたいな日常。


その中での友人の大切さだとか、ちょっとした恋の話だとか、この一瞬を愛おしむ気持ちだとかが実にリアルに書かれている。なもんで恩田陸の作品を読むとつい高校時代に戻ったかのような錯覚に陥るし、なんだか恩田陸が仲の良い友人だったような気にさえなる。


きっと恩田陸は高校時代に膨大な量の日記か小説を書いていたんだと思う。そしてそれを参考にして現在小説を書いているんじゃないかな。
こうでも考えないとあの臨場感の説明がつかない。
もしそうでないとすると、彼女はおそろしく記憶力がいいのであろう。


さてそんな恩田陸夜のピクニック、名シーンや名台詞の密度が非常に濃かったんだけど、その中でも特に感動したシーンは午前4時半に自由歩行が始まる場面。


これまでは「クラスごとに」歩いていたんだけど、これからは「好きな友人と一緒に」。
これまでは「ペースを揃えて」歩いていたんだけど、これからは走るもよし、ゆっくり歩くもよしと「好きなように」。
ちゃんと学校に辿り着けるかなあと「不安に思」いつつ『絶対完歩するぞと決意』し。
「夜明けの街を」出発する。


……これらがそのまま高校生の人生での状態を表しているようで感極まるものがあった。


さてこんなふうに感情移入しまくって読めるわけだが、最後はいきなり客観的な風景描写になる。これまで全編を通してアップ続きだったのが急にパンになるみたいな印象。
長い長い思い出に浸っていたのが、何か外的な刺激――名前を呼ばれるとか――によってすっと現実に戻って来たようなイメージ。
ここで読者は主人公の貴子達と切り離されてまた各々の日常を思い出すような気がする。
としてみるとこれは、勿論現役高校生が読んでも楽しめるけど、実はむしろ私達みたいなかつての高校生に向けた物語なんじゃないかなあと思った。


夜のピクニック (新潮文庫)

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