東京オリンピックがなかった世界線

明日から4連休だ、と会社から出て蒸し暑い雨の夜を歩きながら、そういえば本当はオリンピックがあったはずなんだよな、と思った。世界的に疫病が大流行してオリンピックがなくなるなんてそんなこと全く予想していなかったから、どうしてもどこか別の場所に「2020東京オリンピックが開かれた世界線」があって、むしろそっちが本筋で、我々はうっかり傍系に迷い込んでしまっているのではという感覚がぬぐえない。

ともあれ明日から4連休だし、オリンピックはないし、私には脱出の予定がたくさん入っているのだ。

東京の感染者数が初めて300人を超えたという速報の中、初日は歌舞伎町のTMCで「ある魔法図書館の奇妙な図鑑」を遊ぶ。PTG第一弾の「不思議な晩餐会へようこそ」はとても綺麗で成功もしたけど、途中の1つの仕掛けがなかなかクリアできず苦手意識があってなんとなく回避していた。ただ、この情勢でなんとなく終わる気がしてチケットを取ってみたところ、東京公演は8月までという発表があった。やっぱり。

受付で二人分のチケットを見せると「ただいま感染症対策で、お二人のお客様はお二人だけでやっていただくこともできますし、他のお二人連れとチームになって四名で遊んでいただくこともできます。どちらがいいですか」と聞かれた。

一緒に行った家族と顔を見合わせる。普通の謎解きなら二人でやらせてもらうところであるが、相手はPTGだ。謎解きの理屈が通じず、なんやかんやの試行錯誤が必要というイメージがある。そうなると発想力は多い方がいいのか……?でも二人でやるのも楽しそうだけど、二人で詰まったらマジで辛いよな……?と決めあぐねる。家族も多分同じようなことを考えてるっぽくて迷ってる。結局「次に来た人たちが一緒を希望されたら一緒にしてください」という「運を天に任せる」作戦に出た。

最近のリアル脱出ゲームユーザは若い人も多い。というかリアル脱出ゲームがきわめて健全に新しい世代を取り込んで行った結果、昔からいる私達が相対的に老人になって行っているだけだ。しかし今回は珍しいことに我々よりも歳上っぽい男性二人組がテーブルに現れて、一緒に遊ぶことになった。今回の謎解きではプレイヤーは「魔法学園の生徒」という設定だけど、我々は教職員四人にしか見えなかった。

そんな教職員っぽい四人は魔法学園でがんばった。男性お二人は謎解きはそんなに遊んだことはなさそうだったけど、なんとなくTRPGボードゲームなんかをやり込んでそうな雰囲気があって、謎解き慣れが役立つところと、大局を見て状況を判断するところと、うまく補い合いつつみんなで協力してがんばった。

しかし脱出できなかった……。

今思うと、全体的に落ち着きすぎていたかもしれない。失敗して「残念だったな。もうちょっとだったのにな」と悔しくは思ったけど、残り数秒まで脳が空回りしてタイムアップして「あああああああああああ」となる感じはなかった。

「残念だったね」「前回のPTGよりはまあ納得感ある」「でも分かりづらいよ」などと言い合いつつ、すかさずルパン三世とコラボしたリアル潜入ゲーム「ノワール美術館潜入作戦」へ。チームどんくさいの我々はリアル潜入ゲームを苦手としていてなんとなく回避してきたが以下略。あと、スカートでは行けないのも地味にめんどくさい。

リアル潜入ゲームはガラガラの方が楽しい。果たして我々の他には2組程度しかおらず、極めて快適に遊べた。その分TMCの経営が心配になった。

チームどんくさいはチームどんくさいなりに色々な罠を潜り抜け、しかしどんくさいがゆえに最後っぽいところの直前でタイムアップになってしまった。ラストは気になるもののもう一回遊ぶのは大変だし、しかもTMCの経営も心配になるので800円/1人課金する。そしてあっさりクリア。もう、最後の扉の前だった。今回のリアル潜入ゲームは敷地を広げた効果があって、なかなか楽しかったのではないかとチームどんくさいなりに思った。

晩ご飯はベルクへ。和牛のコーンビーフなどを食べてそろそろ帰ろうかという時に背後に貼られていたポップ「今月のチーズ」が目に留まって、どうしても食べたくなる。ということで追加オーダー。これが大正解だった。ラムボールのラムが全体を包む中、ブルーチーズの青リンゴのような香りに生クリームが乳製品のブーストを加え、薄焼きクラッカーが楽しい歯ざわりと香ばしさを添え、柑橘がアクセントを主張し、最後に舌にカカオの苦みとチーズの塩気が残る。なんだこれ!?この組み合わせを考えた人は天才じゃないか!?と感動した。

最後にお持ち帰りでポークアスピックを買ったら「袋いりません」と言ったのに無料で袋をつけてくれて、さすがは反体制のベルクだぜ、と思った。(袋でも、植物由来成分がXX%以上だと課金しなくていい、みたいな規約があるらしい)

 

2日目は池袋で「アンドロイド工場からの脱出」に行った。この日はもうチケットを取ってしまった後にヨーロッパ企画の生配信劇が発表されたもんだから、先に池袋に行って駅前のBecker'sで遅めのお昼ごはんを食べた後そのまま居座り、家族がほぼ常に持ち歩いているノートパソコンで仲良くイヤホンを半分こして配信を見た。すごくおもしろかったし素晴らしかった。こんな、電車を貸し切って動く車内で劇をして生配信するだなんて考えてもみなくて度肝を抜かれた。機材的な部分もすごいし、電車の進みに合わせてお話も進むから劇のスピードも完全にコントロールしないといけないのにそれもできていて、さすがは映画「ドロステのはてで僕ら」を秒単位のお芝居でつくらはったチームは違うなあ、と思った。ほんとすごかった。まだアーカイブで見えるはずだから気になった人は見てほしい。あ、UFO食べタイムリープもマジでおすすめです。

そして「アンドロイド工場からの脱出」は失敗した。

これは……賛否両論ある系かな?一緒に行った友人たちは面白かったと言っていたけど、私は「これはこれでこれを目的として来たら面白いけど私はこれを遊びにきたわけじゃないしもっと謎を解きたかった」と思った。謎解き部分以外の要素にけっこう時間がかかってしまって、謎解きの時間がもう少し多かったらよかったなという感想。みんながんばってたけどやっぱ向き不向きとかあるし、うん、という感じ。謎の構造自体はとても納得がいって面白いものだっただけに、もう少し考えたかったなと思った。

 

3日目は原宿で「びっくり謎工場からの脱出」へ。豪華に二人チケット(一人あたりの金額が高い)で挑戦。これ、かなり楽しみにしていた。評判めちゃめちゃいいし。しかも二人きりで遊べるし。

製作者の仕掛けた遊び心に何度も「びっくり」しつつ夢中で解いて、失敗した。

極上の時間だった。文句なしの殿堂入りの名作だ。コラボもしていない、ただ、直球勝負の謎。13年前に生まれたリアル脱出ゲームが、遊園地でやったりZeppツアーになったりメットライフドームに1万人集めたり映画になったりドラマになったり街歩きになったり潜入になったり、いろいろ、いろいろ進化して発展してきたけど、その中の今の一つの究極系というか、あえて発展しないまま謎だけを突き詰めた姿に感じた。

なのに失敗した。

どこかで、我々は成功するのではないかと思っていた。それほど、「びっくり謎工場」のことも、自分たちのことも信じていた。しかし「びっくり謎工場」は軽々と我々の上を飛び越えてしまった。これは悔しい。この悔しさとヘコみっぷりは、横浜で「ほんとに難しいリアル脱出ゲーム」の最後のワードがなんとなく見えつつふんぎりがつかなくて失敗した時ぶりだ。とことん落ち込んで帰った。