新しいお部屋を決めて欅坂の映画を観に行った日

もう限界だ、と家族が言った。今のお部屋が狭くてもう限界らしい。大人二人で1LDK。暮らせなくはないけど、荷物の多い我々は荷物に囲まれて日々暮らしている状態と言えなくもない。私はそういうのあまり気にならないし、今のお部屋のことを大変気に入っているし、この膨大な荷物と共に引っ越しを行う労力を考えると引っ越しに対して全く乗り気になれなかったが、在宅勤務が続く家族がいよいよ弱ってきたようなので引っ越しを考えることにした。

と言っても手配はすべて家族がしてくれた。ネットでこまめに物件情報を探して、これぞと思う物件が出たら不動産屋さんとやりとりして、内見の予約を取り付けて。私はその内見に同行して大丈夫そうかどうかの判断をさせてもらうだけ。

二人とも今住んでいるエリアが大変気に入っていてこのまま住み続けることを希望しており、しかしこのエリアには希望するような広さの物件がそもそもあまりなく、出ても大人気で一瞬でなくなってしまうため物件探しは難航していた。そんな中やっと内軒まで行った二軒は二軒ともNGだった。

一軒はとても古いビルの5階をまるまる使ったフルリノベーション物件。内装はとても綺麗だったんだけど、いかんせん共有部分が古すぎた。オートロックなんて当然ない古い重いガラスのドア。簡素なポスト。妙に鮮やかなのに暗い印象がある緑色のリノリウムの狭くて急な階段。エレベーターなんてものはない。スチールの分厚いドアが並ぶ廊下を何度も通り過ぎ、最上階でスチールの分厚いドアをガチャガチャと鍵を差し込んで開けると、なんということでしょう。そこには別世界が!という物件。ただし窓からは隣のビルたちの室外機がたくさん見える。広くて綺麗なんだけど、毎日仕事が終わって買い物をしてこの建物の暗い陰気な階段を5階まで帰ることを考えると気が滅入ってきて、しかも家賃は今のお値段から上がるということで、ちょっと無理だった。家族はけっこう気に入っていたらしく「わかった。もう古い物件は選ばないよ」としょんぼりしていて申し訳なく思った。

もう一軒はメゾネットというのか、少し大きい一軒家を1階部分と2階部分と3階部分とに完全に独立させた少し変わった比較的築浅の物件。それの3階部分。玄関は1階にあって、靴を脱いですぐ、まっすぐの長い木の階段が3階まで続いている。そこを上がりきると3LDKのスペースが広がっている。階段で難色を示されることが多かったらしいけど我々にはむしろ珍しくて楽しく、「階段にいっぱい本を並べられるんじゃ!?」と盛り上がった。お部屋も明るく、しいて言えば浴室乾燥機と宅配ボックスがないことが気になったが贅沢を言ってもキリがないしこのくらいはいいのでは、という感覚。前の住人は6年ほど住んでいて転勤での引っ越しらしいし、2階住人と1階住人のことを管理会社さんに聞いてみたら特に問題なさそう。ここに決めるか……?と迷ったが、ここにきて実は部屋に入った瞬間から気付いていた匂いがいよいよ気になってしょうがなくなってきた。溶剤のようななんとも言えない甘い匂い。管理会社さんは、気温が高い時期だし、締め切っているからどうしても気になるけど住んで換気したら気にならなくなること、築浅なので身体に問題のある物質は使われないないことを説明してくれたが、どうしても気になってしまった。しかもだんだん頭が痛く、喉が痛く、目も痛く、吐き気もしてきた。家族は言われたら匂いに気がつくくらいで、頭痛とかはないらしい。「これはもう俺にはどの程度辛いか分からないから。本人の感覚だから」と任せてくれる。やばい、これでは引っ越しをしたくないがためにシックハウスをでっちあげている人のようではないか、と少し焦りつつ、とりあえず不動産屋さんの車に帰って考える。不動産屋さんは何か用事があるらしくどこかに行ってしまった。不動産屋さんの車の中で落ち着いて考えると、二度とあの部屋には戻りたくないな、と思った。残念だけど、そのお家は諦めることにした。

そして今回見に行ったのは、二軒目を紹介してくれた不動産屋さんが見つけてくれたお部屋。3LDKなのに、今のお部屋から1万円くらいしか高くならない。ただし条件があって、オーナーさん転勤に伴う期間付き。2年間は絶対住めるけど、その後オーナーさんが戻ってくることになったら退去しないといけない。それが2年後なのか、さらに先なのかは分からない。正直そこにひっかかっていたけど、内見すると物件として申し分なく、値段を考えるとお得すぎるくらいだったので即決した。次の週末になると多分絶対残っていない。

さっそく不動産屋さんに戻ってなんやかんやと手続きをして二人でお昼ごはんを食べて、家族は家へ在宅ワークへ、私は会社にむかった。うちの会社はIT系で完全にリモートワークができる環境が整っているのに勤務しないといけない。謎すぎる。

電車に乗っていると新しいお部屋が見えたから、その旨家族にLINEする。

 

仕事をむりやり終えて、夜は「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」を観に行く。アイドルのドキュメンタリー映画だと思って観に行ったら実質「桐島、部活やめるってよ」で大変なことになっていた。平手友梨奈が不在の中、平手友梨奈を中心に語られる欅坂の歴史。満身創痍の中、スタッフに抱えられて荷物のように運ばれてドームいっぱいのファンの前に一人放り出される平手友梨奈は完全にキリストだったし大人たちは何をやっているのかとかなり腹が立った。たまにテレビで「この撮影は動物に危害を加えていません」というテロップを見るけど、アイドルも「このプロジェクトは子どもたちに危害を加えていません」のもと実施されるべきものだろうと思った。

それにしてもこの映画のタイトルに「嘘と真実」とあるが、何が嘘で何が真実なんだろう。もしやこの舞台裏の映像も嘘なんだろうか?欅坂のことをほとんど知らない私には全くわからず、いろんな人の映画の感想を調べた結果、映像であったことは全て本当。ただし撮っている以上、メンバーは多少なりともカメラを意識した行動をするかもしれない。膨大な映像の中からの切り取り方が嘘、というか、真実のうちのごく一部でしかない。という結論に至った。

欅坂はもうすぐ櫻坂になる。映画だけでも伝わってくる平手友梨奈の才能に欅坂の歴史を重ねて、平手友梨奈もろとも欅坂をおしまいにする映画なんだな、と解釈した。

それにしても平手友梨奈の魅力が素晴らしく、他に出てくるメンバーもさすがは欅坂の美形揃いで、ライブシーンやMVを撮るシーンも多くてとても見応えがあった。そろそろ上映館が少なくなっているけど、欅坂に詳しくなくても、アイドルが好きな人はぜひ映画館で観てほしい。

 

映画の余韻にひたりながら、いつもの道を家族と一緒に帰る。この道を一緒に通るのも、あと何回だろうね、と話す。いつものエントランスを抜けてエレベーターに乗ってかっこいいカードキーでドアをあけて玄関に上がって靴を脱いでいつものお部屋に帰った途端、急に泣きたくなって大声で泣いた。このお部屋の楽しかった記憶を思い出して、もうこのお部屋とさよならだというのが寂しくて泣いた。家族は「泣かないで。また新しいお家でいっぱい思い出つくろうね」と困っていた。いっぱい泣いたらちょっと楽になった。